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とあるブログで「富山県には東照宮がない」と書いてあるのを見つけました。 江戸時代の大名や旗本は、自分の領地に徳川家康を祀った東照宮を勧請するのがステイタスでした。 富山県に領地を持つ大名や旗本の多くも東照宮を造営したはずだと思って調べてみたところ、富山県黒部市に黒部東照宮という小さな神社があることがわかりました。 しかし、黒部東照宮の由来についてはわかりませんでした。 富山県は、かつては越中国と呼ばれました。 江戸時代の越中国は、大半が加賀藩の領地でした。 加賀藩第二代藩主前田利常が隠居する時に、次男に富山10万石を分布し、加賀藩の支藩として富山藩が置かれました。 加賀藩第三代藩主前田光高は、幕府の許可を得て加賀の金沢城内に金沢東照宮を造営しました。 利常の正室は徳川秀忠の娘で、光高の正室は徳川家光の娘(水戸徳川家からの養女)でした。 徳川氏との血縁関係は濃かったので、幕府からの東照宮造営許可はすぐにおりたと思います。 その後の代々の藩主も御三家や御三家の連枝から正室を迎えることが多かったようです。 金沢東照宮は1873年に尾崎神社に改名されました。 さらに1876年に金沢城が陸軍の用地となったために現在地に遷座しました。 徳川氏発祥の地にある世良田東照宮に行った時に買った本に全国東照宮連合会加盟神社のリストが載っているのですが、黒部東照宮も尾崎神社も加盟していないようです。 加賀国は、今の石川県です。 石川県には、一度だけ行ったことがあります。 高校の先輩に付き合って旅行ツアーに参加したのです。 メインは、当時人気のアイドルユニットのコンサートでした。 サブとして金沢城と兼六園に寄る予定だったのですが、天候と渋滞の都合でどちらも寄れなくなってしまいました。 金沢城だけは、バスの中から外観を一瞬見ることができました。 いつかもう一度金沢に行くことができたら、金沢城と尾崎神社を観てきたいです。 |
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こんにちは♪ |
mikomai 2008/06/14 18:02 |
今はお城から少し離れた場所に遷座しているようです。 |
Z31 2008/06/15 12:21 |
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